ここでは2001年7月に開催された”夢コンサート2001”のプログラムに収められた
針山愛美のバレエ放浪記連載しています。
                                                  文・針山愛美
  
第1回

 

まず初めにお忙しい中、今日の公演を見に来てくださった皆様に感謝の気持ちで一杯です。小さい頃、手ほどきしてくださった先生、ロシア行きからその後にいたるまで、ずっとお世話になっている日ロ協会、夏に帰国してくる間レッスンをさせてくださった先生、そしてジャクソンコンクールで生徒でもない私を助けて下さり、その後も本当に情熱を持って指導して下さる先生、そしてボリショイバレエ学校の名講師の方々、ダンチェンコバレエ団のマルガリータ・ドロズドーワ、ドイツエッセンバレエ団でめぐり合ったラリッサ・ドブラジャン、マーティン・プトゥケ、バレエインターナショナルへさそって下さったエルダー・アリーエフ、今ではアメリカの母のような存在、素晴らしい教師イリーナ・コルパコワ、今この2年すばらしいチャンスを与えて下さったデニス・ナハット・・・、そしてどんな時でも反対せず、いつも心の支えとなり話し相手になり、私のやりたい事に全面協力で応援してくれた両親、2人の妹達・・・、本当にありがとうを言っても言いきれません。まだまだ何万人もの方々の助けがありここまでこれました。
 思えば11年前、中学1年の春、初めてロシアに行ってカルチャーショックをうけてから、時は風のようにすぎてしまいました。
 8年前ロシアへ一人旅立ち、ホームシック気味の私を励ましにきてくれた母。丁度ゴルバチョフ政権からエリツィンへの激動の真只中にいた時でした。目の前で大きな大砲を見た私は何がなんだか訳がわからず、死ぬかもしれないと思いました。その時日本のテレビでモスクワの
爆撃の様子を見ていた両親の気持ちは、いてもたってもいられなかったものだと思います。ロシアの生活は今の私の強さを作り出してくれた素晴らしい4年間でした。冬にヒーターもなく、ホットシャワーも出ず、凍え死にそうになりながら地下鉄で身を温めたり、毎日手洗いで洗濯、パンを買うために2時間並ぶのを平気だった事、週末の唯一の楽しみは、地下鉄で1日がかりで行ったマクドナルド(当時はマクドナルドはモスクワで高級レストラン扱いでした)----もちろんモスクワ生活4年(学校3年、バレエ団1年)で学んだロシア語は今でも宝物です。アメリカ、ヨーロッパのバレエ団で踊っていても、いまやロシア人ダンサーは世界各国に流出しており、どこでもコミュニケーションができます。私はロシア人の人情味ある性質が大好きです。